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607 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/08/02(日) 05:44:55 ID:HkzqrRBF0
昨年某サイトにて投稿したものだが、こちらでも投下。
かなり長いので>>138を見習ってうPロダで。
元サイト知ってる方は後でこっそりとメールでもくださいww

ttp://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/23663


※以下DLした内容です。長いので時間のある時にどうぞ


俺は小さい頃から周囲から見て「変な」子でした。
誰も居ない空き地で誰かと遊んでいるかのように遊んでいたり、死んだ人を居ると言ったり、生きてる人を死んでいると言って、その人が数日後に本当に死んだり。変と言うより「不気味」な子でした。

俺の両親は「普通」の両親だったので、俺のことを忌み嫌っており、腫れ物に触るような扱いをされていました。

唯一、俺の心のより所になっていたのが祖父母でした。
祖父は神社をやっている本家から勘当された神主崩れ、祖母はお客に占いがよく当たると評判だった元芸者だったため、奇妙な話には慣れているというのもありましたし、何より祖父母とも俺と同じように「見える」人たちだったのが一番の支えでした。
俺はいつもじいちゃんの部屋でじいちゃんの膝に座り、ばあちゃんとお手玉を見たり、昔話を聞かせてもらうのが楽しみでした。

6歳の時、じいちゃんが死にました。

心筋梗塞ということで、非常にあっさりとした死に際だったそうです。
その日の晩、通夜がしめやかにとり行われました。
その晩、それはありました。

うちの方の風習で仏さんが遺骨となるまでの間は夜、近親者が隣で添い寝をするという風習があります。
その日の添い寝はもちろん連れ合いであるばあちゃんが行うことになりました。
俺もじいちゃんとの最後の別れということで、一緒に添い寝をしたいと申し出ましたが、ばあちゃんはダメだと言い張りました。
じいちゃんとは生きているときは何度も一緒に寝ていましたし、これが最後だと思うと、やはり一緒に居たいという思いが強かったのでしょう、俺は大泣きして、どうしても一緒に寝たいと騒ぎ立てました。

1時間くらい大騒ぎしたところで、ばあちゃんは根負けして一緒に添い寝してもいいよと言ってくれました。約束を一つ守れば・・・

「夜中起きないこと。起きても声を出してはいけないこと。」

ばあちゃんの約束は俺にとってはちょっと理解不能でした。
寝つきは良いほうで、寝たら朝まで普通は起きることはないものだと思ってましたので、夜中に目覚めるなんてことはありえないと思っていたのです。

かくして、俺はばあちゃんと一緒にじいちゃんの添い寝をしました。



何時ぐらいでしょうか。俺は目を覚ましました。
あたりは真っ暗闇です。まだ夜は明けてないようです。
夜中に目を覚ますという生まれて初めての状態に、俺はばあちゃんの言いつけなど忘れて、布団から首を出してきょろきょろとあたりを見回してました。

目が次第に暗闇に慣れてくると、俺が目が覚めた原因がわかりました。
暗闇の中、何かがごそごそと動いています。

俺の横にはばあちゃんが、その隣にじいちゃんが寝ています。
そのじいちゃんの枕元に「それ」は居ました。

「それ」はじいちゃんの枕元に丸く大きな影を作っていました。
そう、じいちゃんの枕元に「それ」はかがみこんで居たのです。

ごそごそという衣擦れの音が聞こえます。俺は「それ」から目が離せなくなっていました。
10分くらい「それ」を見ていたでしょうか。
俺は衣擦れの音に混じって、他の音も混ざってることに気づきました。
声です。たぶん「それ」が喋ってる声なんだと思いました。
聞いたこともないしわがれた声で、「それ」は同じ言葉をずっと繰り返してました。

「行きましょう。行きましょう。行きましょう・・・・・・」

衣擦れの小さい音にすらかき消されるくらいの小さい声で、「それ」はじいちゃんの枕元で「行きましょう」とずっと囁いていたのです。

俺はもうばあちゃんとの約束など忘れていました。
「それ」がじいちゃんをどこに連れて行くのか?何をしたいのか?
俺はその疑問で頭がいっぱいになっていました。


「どこ行くの?」
俺は思わず「それ」にそう聞いてしまいました。

「それ」はびくっと驚いたように小さく跳ねたように見えました。
そして・・・・す~っと頭と思われる部分がこちらに向かって回り出しました。
そして・・・こちらを向きだした頭の真ん中に、青白く光る目がついているのが見えました。
目は明らかにこちらを向いてました。

次の瞬間、俺は頭から布団をかぶされてました。
上から人がのしかかる重みがありました。ばあちゃんでした。

「ダメだ。ダメだ。ダメだ。この子はダメだ。私にしとくれ、この子はダメだ!」

今までに聞いたこともないようなばあちゃんの叫びが布団越しに聞こえました。
ばあちゃんは叫ぶ度に布団の中の俺をぎゅっと抱きしめました。
すごく苦しかったのを覚えてます。

その苦しい布団の中で、ばあちゃんとは違う気配が俺の布団の周囲を回っているのが感じられました。おそらくさきほどの「それ」です。

ばあちゃんがあまりにもきつく締めるので、俺は息苦しくなり、意識が朦朧としてきました。
消えかかる意識の中、叫び続けるばあちゃんの声にまぎれて、しわがれた声が聞こえたのを覚えています。

「じゃあ、また今度にしようね」

・・・次に目が覚めた時は朝でした。
昨夜起きたことをさすがにばあちゃんには聞けず、両親に変な音や叫び声がしなかったかと聞きました。
両親はまたいつものかと顔をしかめながらも、昨夜は猫すら鳴かないほど静かな夜だったと答えました。
あれだけ叫んだばあちゃんは、夢だったのか?
俺はちょっと混乱しました。
ばあちゃんも普段どおりで、昨夜のことを怒ることもありませんでした。
俺は夢だったんだろうと思うことにしました。

祖父の葬儀は無事に終わりました。

その翌日から、俺はあの夜のことが夢でなかったことを次第にわかるようになったのです。

祖父の葬儀の翌日から、ばあちゃんは今までとはうって変わって厳しくなりました。
食事作法やあいさつなどといった礼儀作法から、読み書きなどといった勉強まで、死んだじいちゃんが昔話で言ってた、「鬼のあねさん」と言われた芸者の頃を思い出したかのようでした。

その変わりように今まで俺を腫れ物に触るように扱ってた両親の方が同情して、俺に優しくしてくれるようになりました。
母親が俺のしつけが厳しいとばあちゃんに怒ることもしばしばでした。
その度にばあちゃんはこう言っていました
「もう時間がないんだよ」
その意味がその時の俺には理解できませんでした。

ばあちゃんは躾の他にも色々なことを俺に積極的に教えてくれました。
「こちら」と「あちら」の住人の見分け方や、「あちら」の人に会った時の対処方法、子供でもできる簡単な除霊の方法(塩を撒くとか、神社で祈祷してもらうといったものですが)、それらは俺を霊能者として育てるというより、「あちら」になるべく近づけないように、遠ざける為の方法を教えているようでした。

ばあちゃんは明らかに何かに追われるように俺に接してました。
まるで夏の終わりのセミのような・・・慌しくもけたましく、焦るようにばあちゃんは俺を厳しくしつけました。

そして・・・じいちゃんの一周忌のことです。
ばあちゃんが倒れました。
ばあちゃんは家の廊下でばったりと倒れると、そのまま動かなくなり、親父が大騒ぎで救急車を呼びました。
5分くらいで救急車は到着し、車に搬入していきました。親父が一緒に乗り込むことになり、俺と当時弟がおなかに居た母が見送りました。

その救急車の中に、俺は一年ぶりに出会う顔に会いました。
白尽くめの救急隊員の中で、一際目立つ黒尽くめの男が一人、既に搬入を終えたばあちゃんの枕元に立っていました。

あ・・・・と声をあげようになった俺にその黒い男はにっこりと会釈をしてきたのが、閉まるドアの隙間から見えました。

迎えに来たんだ・・・俺はばあちゃんのこの一年の動向が理解できました。
そして、もうばあちゃんが元気に帰ってこないと気づき、その場で泣き崩れました。じいちゃんが死んだときより、とても悲しい気持ちでいっぱいでした。

その晩、ばあちゃんは死にました。心筋梗塞でした。

ばあちゃんは病院で一度だけ意識を取り戻し、親父に、

「私の添い寝は誰もいらんから」

と言ったそうです。それが最後の一言です。

翌晩、通夜が行われました。
ばあちゃんはじいちゃんが一年前に寝ていたところと同じ仏間に寝かされました。

親父は夜、ばあちゃんの言葉を俺と母親に伝えました。
母親はそれでも世間体が悪いと、添い寝を一人でもすると言いました。
親父も強くそれを止めるでもなく、容認しました。
俺は・・・ばあちゃんの言葉を受けて、子供部屋で寝ることにしました。
今度彼が来たら・・・誰もかばってくれる人は居ないのですから。
「見えない」母なら、大丈夫だと思って俺は止めませんでした。

翌日。ばあちゃんの葬儀は無事に行われました。

母親はちょっと寝不足そうでしたが、何事もなかったようでした。

しかし・・・やはり彼はその晩やって来ていたのです。

翌日、母は陣痛が始まり病院にかつぎ込まれました。
9ヶ月での早産で弟が生まれました。まるで、それ以上母親の体に居ることはできないとでも言いたいように・・・・

2年連続の祖父母の死、母の早産と続き、霊感の全く無い親父も危険を感じてたようです。
弟の出産の翌日、親父は俺を呼ぶと正面に座り、話してきました。

「何が起こってるんだ?」

俺は去年の通夜に起きたことを正直に話しました。
小学1年の俺のたどたどしい話を親父は目をつむったままじっと聞いていました。
そして、

「たぶん、ばあちゃんは何かお前に残しているんじゃないか?何か言われて無いか?」と聞きました。

俺ははっとばあちゃんが死ぬ1ヶ月前くらいに言ったことを思い出しました。

・・・・何かあったら仏壇の一番上の引き出しを開けろ・・・・・

それを聞くと親父は俺を連れて仏間にある仏壇に向かいました。
引き出しを開けると、そこには小さな巾着袋が一つ入ってました。
巾着袋の中には、1個の白い石と、小さなメモが入ってました。
親父はメモを開くと、ふぅ・・・と大きなため息をつきました。

「明日、出かけるぞ」親父はそれだけ言うと、巾着袋と石を俺に渡しました。

翌日、俺を助手席に乗せた親父の車は隣県の山道を走っていました。

夜明け前に家を出てもう6時間近く経ちます。2時間前に山道に入ってからずっと山の中を走っています。
木ばかりの外の風景に飽きた俺は親父にどこに行くのか聞きました。

「大おじさんのところだ」その言葉を言うのも嫌そうに親父は言いました。

日はもう山に沈みかけている頃、車は目的地に着きました。

目の前にはテレビに出てくる政治家の家のような大きな門がありました。そこから伸びる塀は小さな俺には先が見えないくらい向こうまで伸びていました。

親父がその門を叩こうとしたところ・・・門が開きました。
中からは初めて見るのに見覚えがあるようなおばあさんが出てきました。

「おかえりなさい」おばあさんはそう言いました。

「おじゃまします」親父はそう言うと門の中へと入りました。

俺も恐る恐る親父の後をついていきました。
途中、後ろからついてくるおばあさんの方を振り向くと、おばあさんはにっこりと笑って「あの人の子供の頃とそっくりだわ」と笑いました。

俺と親父はその屋敷の大広間に通されました。
親父は普段はあぐらをかくのに、今日はなぜか正座です。
俺も隣で、床の間に正座しました。

まもなく、さきほどのおばあさんが一人の老人を連れてきました。
じいちゃんよりもよぼよぼで、一人ではもう歩けないらしく、親父くらいの男の人に肩を借りています。
その後ろから、俺と同じくらいの男の子がついてきました。

親父は「お久しぶりです」と言うと畳につくくらいに頭を下げました。
俺も真似ると老人は「堅苦しいのはいらん、いらん。兄貴がバカしなかったら今頃逆だったんだし」と笑いました。

そう、ここがじいちゃんが勘当された本家だったのです。
目の前に居る老人がじいちゃんの弟で、本家の跡継ぎとなった大おじさんで、おばあさんがその奥さんの大おばさん、老人を抱えてきたのが息子になる今の当主、最後に着いてきたのが俺のはとこに当たる、この本家の現在の跡目になる子でした。

おばあさんはお茶を出してくれる中、親父は話をしようと声を出そうとしました。

「わかってる。何が起きてるのか聞きたいんだろ?」
老人は親父を制し、隣に居るおじさんにほれ、と声をかけました。

「そちらで起きてることは去年から、こちらでもわかってました。」
おじさんはそう切り出しました。

「ただ、今は手を打つ方法がありません。来年になれば・・・たぶん。ただ、時間を稼ぐ方法ぐらいはあります。」
おじさんはそう言うと白い石を胸ポケットから出してきました。

「あ・・・・・」
俺はメモと一緒に入っていた白い石を出して机の上に出しました。

「わかってたんじゃな」老人はそう言うと俺の頭を撫でました。
じいちゃんに撫でられてるのと同じようなあったかさを感じて、じいちゃんに久々に会えたようで俺はちょっと涙が出てきました。

「これを夫婦で肌身離さず持っていなさい。この子が持ってるのを・・・そうだな、母親に持たせるといい」
おじさんはそう言うと親父と弟の分と言って2つの石を出してきました。

後に知ったことなのですが、この石は本家の奥にあるお社の玉砂利だそうです。ばあちゃんは同じような石を神社から頂いて、1年をかけて願をかけていたようです。

俺の分は?と聞く親父におじさんは
「この子は定めだから持っていても仕方ない。大きくなったらここに来させなさい」とだけ言いました。

この話をしている間、はとこが俺の顔をじっと睨んでいたのがずっと気になってました。後にはとこはその時に俺の横に佇んでいた黒い影を睨みつけてたということを教えてくれましたが。

親父は泊まれと言うおじさんたちの申し出を振り切るかのように、本家を後にしました。
帰りもまた8時間近くのドライブです。
助手席で眠くなった俺は寝る前にどうしても聞きたくて親父に聞きました。本家が嫌いなの?と

「ああ、大嫌いだ。一度泊まって金縛りにあって変なもの見たからな。二度と見たくもない」

親父は嫌なことを思い出したようにしかめっ面でそう答えました。
それを聞いて俺は納得しました。
親父には言わないでおきましたが、本家の門の内側には、頭が割れたような人や、青白い顔の人、無数の人魂が至る所に居ましたから。

親父は帰るとその白い石をお守り袋に入れ、母親に渡しました。
母は何も言わず、その袋を大事そうに握りしめました。

これで、ひと段落・・・という訳にはいきませんでした。

ばあちゃんの死から1年が経ちました。
今年の1周忌は何事も無く無事に済みました。
ばあちゃんと本家からもらったあの白い石のお陰かもしれません。

弟も1歳になり、未熟児だった頃の弱々しい面影はどこへやら、元気に家中をはいずり回っています。

親父も母親も無事1年を過ごせたということで安心をしきっていました。
ただ、あれはまだ我々を待ち構えていたのです。


虫の声が聞こえるようになった9月の中ごろです。
俺は学校から帰るといつものように母親におやつを頼みに台所まで行きました。
母は俺におやつを出しながら、「ちょっと買い物に行ってくるから弟の面倒見ててね」と言いました。

よくあることなのですが、それを聞いたとき、俺はヤバイ、そう感じました。

「行っちゃダメ」思わずそう言いました。

母親はいぶかしげな顔をしながら、「でも今晩のおかず買わないとね」と言って出かけようとします。

ダメという思いだけが頭の中で占領してきます。
何でダメなのか、それはわかりません。でもダメだ。その言葉だけが心を占領します。

「ダメダメダメダメダメダメ・・・・・・」俺は駄々っ子のように泣き叫びました。

母親はそれでも、玄関を出て行きました。

それが母を見た最後です。


夕方、親父が帰ってきて母親の帰ってこないのを知り、買い物に行ったはずの近所のスーパーや、行きそうな場所を探し回りました。

それでも見つかりません。夜になって仕方なく警察に届けることとしました。

警察に行き、事情を説明すると、
「ちょっと・・・・」と親父を警官は呼びとめました。

俺は弟を抱いたまま、受付のソファーで待つように言われました。
気がつくと婦警さんが隣に来ていました。

親父はそこで・・・母と対面しました。
夕方6時ごろ、市のはずれの国道でトラックが女性を轢いたそうです。
その女性は国道脇の歩道から、まるでトラックの来る間合いを計ったかのように飛び込んできたそうです。
トラックは急ブレーキをかけたけど間に合わず、その女性を巻き込んでしまったそうです。

親父が見たそれはもはや人間としての原型はとどめてなかったと俺が成人してから親父は話してくれました。
遺留品だった服と、財布でようやく母であると確認が取れたと。

親父はその後2時間近く取り調べを受けることになりました。
母が轢かれた所が家から車でも1時間以上かかる所であること、母が遺書のひとつも持っていないことが原因でした。
ちなみに母は車の免許は持っていませんでした。

結局事件性は無いということで親父は取調べを終えました。

そう、事件性などなかったのです。この世の法では。
俺も親父もそれはわかってました。

なぜなら、母が出掛けにあの白い石を忘れていったのを親父が発見したから。

母親が自転車で家から遠ざかるとき、曲がり角からあの黒い男が顔を出しているのを俺が見てしまっていたから。




母の通夜は親父が添い寝をしました。白い石を肌身離さないように体に巻きつけて。

これで、3年に渡る我が家の葬式は一旦落ち着くこととなりました。
5年後、俺が中学に上がるまでは。


5年後、俺は中学生になっていました。
俺はばあちゃんから教わった方法で、できる限り普通の人として振舞えるように努力をし、また母親が死んだために家事や、弟の育児をしながら生活していました。
親父は会社を辞め、家の裏で工場を始めました。知り合いが機械を安く貸してくれるからというが理由でしたが、俺達兄弟を放っておくのが心配だったのもあるのかもしれません。
弟は6歳になっていました。俺と違って親父の血を受け継いだらしく、見えたという話もなく、ごくごく普通に育ってました。


5月の連休明けのことです。
ふと何気なく見た市の広報の無料健康診断という告知を俺はすごく気になってました。
ごく普通の広報なのになぜと思い、親父に話をすると、親父は「行ってくる」と翌日には健康診断に行きました。

あの時以来、親父は俺の能力をそれなりに活用するようになってました。たぶん健康診断が気になったのは自分の体に何か変調があった知らせなんだろうと親父は判断したようです。

結果は・・・胃ガンでした。まだ初期でしたが、念のため半摘出をするという話になり、手術を行うこととなりました。

その手術の日のことです。

俺は弟を隣の家に預け、親父の付き添いで病院に行きました。

「大丈夫だ。すぐ治る」

親父はそう言うとストレッチャーで運ばれていきました。
手術室に入り、「手術中」のランプがつきました。予定時間は2時間ちょっととの事でした。

俺は手術室の前でぼ~っとドアをながめていました。

何十分くらい経ったでしょうか。俺はふと右側の方に気配を感じました。
ぐ~~っと重みのある、嫌な感覚・・・嫌な感じをしながら俺は右側を見ました。


・・・・そこには、あの男が居ました。今までで一番くらいにはっきりと。

病院の蛍光灯に照らされても彼は真っ黒のままでした。
顔は初老と言うより完全な老人の顔です。真っ黒な老人です。
ただ、背はまっすぐ伸び、黒いスーツを着ています。
頭には真っ黒なつば付き帽を被っています。
ただ、そう見えるだけで、どこからが服なのか、どこまでが頭なのか、明白な境目を探そうと思っても見つかりません。
ただ、真っ青な目だけが他とは違いくっきりと黒い闇の中に浮かんでいます。

彼はにやっと笑うと俺に向かい会釈をし、こっちに向かってきました。

怖い・・・怖い・・・今まで見たどんなものより怖い。
手足を動かそうとしても動きません。恐怖で動けなくなっているのがわかります。目は彼を捉えたまま離すことすらできません。

彼の口が動きます。声は聞こえません。またあの時のように衣擦れよりも小さい声で喋っているのでしょう。
でもなんと言っているのかわかります。読唇術でも習得したかのように彼の言葉がわかります。

「やっと・・・・待ってた・・・・・」

彼は手術室の前まであと数歩のところまで来ています。
狙いは・・・たぶん俺じゃなくて親父です。
今は手術中で親父もあのお守りを持っていません。ベッドの脇に置いてあります。
やばい・・・このままじゃ・・・俺は何とか手を、脚を動かそうとしました。
でも動きません。体は石になることを選んだようです。
彼はもうすぐ目の前です。


その時、「おう」と男の声がしました。
彼のやってきた方向と同じ右手側からです。

俺は眼球だけを動かしました。そこには・・・俺と同じくらいの歳の男の子が居ました。

「あ~じいちゃんの読み当たりだわ」
すごいのんきにその男の子は言うとかつかつとこちらへ向かってきます。

そのとたん、目の前に居たはずの彼の気がすうっと消えました。
今まで硬直してた俺は全身の力が抜けて、長椅子に倒れこみました。

「あ~あ、こんなんで倒れてたら、勝負にならないだろ?」
男の子は呆れたようにそう言うと俺を抱き起こしました。

そう、彼は本家に居るはとこでした。
彼は俺を抱き起こすと俺に事の次第を説明してくれました。

朝、いきなり大おじさんが彼をたたき起こし、俺のとこまで行けと言ったこと、そこで争いになるかもしれないとお社からお神酒とかご神体である砂の一部を渡されたことなど。

彼はあの「黒い男」についても知っている限りで話してくれました。
あの「黒い男」は本家筋に代々憑くもので、単体の霊ではなく、色々な邪念が固まって出来たもののようであること、見る人によって姿形が違うこと(彼には背の曲がった和装の老人に見えてたそうです)、祓う方法が今のところ見つからず、ご神体などを用いて避ける程度が精一杯ということ。彼に連れていかれた者はその後霊として見ることは無いということ・・・

親父の手術が終わるまで、彼は色々と知っている限りの話をしてくれました。
そして、手術中のランプが消えたところで「それじゃ、帰りの電車無くなるから」とだけ言って帰っていきました。

親父の手術は無事終わり、その後の経過も順調でした。

その年の夏、俺は夏休みを利用して本家へ行きました。そこで約半月ほど、はとこと一緒に本家の修行というものをさせてもらいました。

おじさんもばあちゃんと同じく、現世に居るなら現世の理に従えと、俺には霊能力などの能力を抑えるための修行を中心に教えてくれました。

たぶん、親父のところへまた奴はやってくる。いや、弟かもしれない。
その時に俺は動けないなんて無様なことにはなりたくない・・・その一心でした。

本家へのホームステイはそれから冬休み、翌年の夏休みと、中学の3年間行いました。
高校に入ってからは、バイトに忙しくなり行く暇もなくなりましたが、もう本家まで行かなくても充分に家でも修練ができるような状態にはなってました。

その成果を見せる時はまだまだ先の話でしたが。

親父の手術から10年以上の月日が経ちました。

俺は25になっていました。大学を卒業した後、上京してシステム系の会社に勤めていました。仕事も5年目となり、もう一人前以上に働いていました。その冬から話は始まります。

俺は正月休みで実家へ帰省していました。
弟は大学受験を目前に控え、受験勉強中でした。俺と違い頭がいい(でもアホなんですが)弟のことですので、心配はしてませんでしたが。
心配なのは親父です。1年ぶりに会った親父は完全にやつれています。
病院の定期検査で、どうやら陰が見つかったそうです。
正月明けには手術をするとの事ですが、今度はちょっと危ないと医者からは言われているそうです。

「まあ、前みたいに頼むわ」
親父には退院後に手術中の話はしていました。
今度の手術に奴が来るかはわかりません。ただ、何が起きてもあの時の俺とは違うはず。俺もそう思っています。

今回は本家からの応援は望めそうもありませんでした。
本家でも大おじさんが死に、おじさんも年をとったと言うことではとこに跡目を継いでいました。そのはとこも本業の農協の仕事や、子供(彼は20歳で結婚しました)の世話などで手が離せないと年末に電話で話をしていました。

そして、年が明け、親父の手術の日となりました。


なんとも拍子抜けでした。何事もありませんでした。
ただ、手術後にその理由が判明しました。

親父は思っていた以上に転移が進んでいたということ。原因は死んでもやめんと言い張ったタバコかもしれません。
それで、開腹はしたものの、そのまま閉じたということ。
もって半年・・・医者からはそう聞かされました。

病室に戻り、麻酔から回復した親父に伝えると親父は「そうか」と一言だけ言って、後は眠りにつきました。もう覚悟は決まってたという顔です。

俺は何とも言えない気分になり病院を出ました。

病院を出て、バス停に向かう途中・・・目の前にあの嫌な感じがしました。
顔を上げると・・・・奴が居ました。
奴はにやりと笑っていました。もう自分が出てくる必要もなかったでしょうとでも言いたげに。
俺は奴をにらみつけるとちょうどやってきたバスに乗り込みました。
奴は親父に何もする必要はない・・・それはわかってましたから。


親父はそれから5ヶ月後、弟が無事大学に合格し、大学の寮に入ったのを見計らうように永遠の旅路につきました。
俺は弟と実家を整理し、全てを処分しました。

通夜は親父の意向もあり、本家の者を呼んで、神式で執り行いました。
はとこやおじさんが居てくれたお陰で、俺も親父の添い寝を無事に済ますこともできました。

次は・・・俺の番です。

それから今までに俺の周りで不幸が起こる度に奴は姿を見せるようになりました。

その年の夏、親友がバイクの事故で死んだ現場で。
その冬に、会社が倒産して、社長が首を吊った社長室で。
色々なことが重なり、もうどうにでもなれと思って立っていた電車のホームで。
奴は俺の目の前に現れ、あの背筋が凍るようなうすら笑いをして立っていました。

そのたびに、俺は奴には負けまいと気力を振り絞ってなんとか生きてはきました。

今でも時々奴の姿を見ることがあります。
自殺があったというビルの下や、人身事故で遅れた電車のホームで。
死があった所に奴はいつもうすら笑いを浮かべて、立っています。

あの頃より能力的には衰えてる俺には今では老紳士の姿には見えません。まるで諸星大二郎の「不安の立像」に出てくる黒い影のようです。

ただ、あの陰と違うところが3つあります。
いくら霞んで見えてもはっきりと見える青白く光る目と
薄気味悪いあの笑い顔と
軽くこちらに会釈した後、俺にだけわかるように、衣擦れよりも小さい声でささやくあの声・・・
「そろそろ、いきませんか?」

今のところ、その誘いを断るだけの気力が俺には残っているようです。


09.14 (Mon) 01:54 [ 怖い ] CM6. TOP▲

  
コメント

本家云々、はとこ云々のくだりはないほうがリアリティ増したね
---------- 七七四段◆- [ 編集] URL . 09/14, 11:21 -----

でもそういう田舎の旧家の因習みたいなのがあったほうが
話としては好きだなぁ
---------- 七七四段◆- [ 編集] URL . 09/14, 19:19 -----

本家の門に見たものが関係しているんだろうな。
---------- 七七四段◆SFo5/nok [ 編集] URL . 09/15, 00:27 -----

うお…、これは燃える要素だらけだな。成長と因縁か。母ちゃんのところは本気で憎らしかった。ただその辺になるにつれて単なる不吉の予兆になり果てるのがちょっとな…。
---------- あ◆- [ 編集] URL . 09/20, 05:34 -----

アゲハントなら勝てる
---------- 黒夢のファン◆- [ 編集] URL . 09/27, 04:52 -----

>「あ~あ、こんなんで倒れてたら、勝負にならないだろ?」
こういうのは無いほうが良かったね。修行とかも。
---------- 奥ゆかしい名無しさん◆aIcUnOeo [ 編集] URL . 10/02, 14:41 -----
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